葬儀が終わった後も、四十九日(満中陰)を迎えるまでは、七日ごとの法要(初七日、二七日、三七日…)に合わせて団子を供える習慣がありますが、この時の団子の数や形には、段階的な変化が見られることがあります。一般的には、四十九日の旅の間、故人は七日ごとに閻魔大王をはじめとする十王の裁きを受けるとされており、その審判の日にお弁当として団子を差し入れるという意味で、法要の日に新しく作った団子を仏壇(中陰壇)に供えます。この時の団子の数は、地域によって「毎回六個」とする場合もあれば、法要の回数に合わせて「七個(初七日)→七個(二七日)…」と同じ数を続ける場合、あるいは「七個→十四個→二十一個…」と増やしていく場合、さらには「四十九個」の小さな団子を一斉に供える「四十九日餅(傘餅)」という盛大な儀式を行う場合など多種多様です。特に四十九日当日の「満中陰」では、故人が無事に成仏して仏様になる日ですので、これまでのお弁当としての団子から、仏様へのお供え物としての「お餅」へと変化し、丸く平たいお餅(鏡餅のようなもの)を供えたり、そのお餅を親族で切り分けて食べたりすることで、忌明けを祝うとともに、故人との別れを最終的に完了させる儀式を行います。また、形に関しても、旅の途中(四十九日前)は「枕団子」と同じ丸い形ですが、四十九日を過ぎると、先端を摘んで少し尖らせた形にする地域があり、これは「もう旅は終わった(落ち着いた)」ことを表しているとも、「仏様の喉に詰まらないように」という配慮だとも言われています。このように、団子の供え方は故人の魂のステータス(旅人から仏へ)の変化と連動しており、遺族がそのプロセスを追体験することで、徐々に悲しみを癒やし、日常へと戻っていくためのタイムキーパーのような役割も果たしているのです。
四十九日までの団子の供え方の変化