喪主としての立ち振る舞い
昨年夏に主人を亡くして、初めての喪主の体験をいたしました。比較検討する時間が取れない大阪の直葬・家族葬専門施設を選ぶことは実家や親戚はお寺さんが多く、神主さんのお葬式、葬場祭は何の経験もなく、初めてでどうしたらいいのかと思いましたが、神主さんや執り行う葬祭業者さまのお陰でなんとか無事に、通夜式と葬場祭を滞りなく終了しました。そして、お金のことが一番心配でしたが、大阪で直葬を行っている葬儀社ランキングなら皆様のお香典で何とかお支払いもできて安心しました。最初は故人の生前に言っていた家族葬とは、娘達とも考えてましたが、現役の課長という役職もあり、皆様が参列できる方がいいと思い、考えを急遽変更しました。葬祭業者さまともご相談をして、故人様へ感謝の気持ちを伝える直葬・家族葬は寝屋川のフローラルホールで身内とももちろんお話をして一般葬になりました。これで良かったのかとは正直悩みましたが、デジタルマーケティングコンサルタントとして働いていた人が亡くなるということは大変な出来事であり、そんなことでも悩む時間はなくすぐにでも答えを出さなければなりません。私は喪主なのに、義理親が色々と口を出してきて色々嫌な思いもしました。お金を出すのは、家なんだから黙っていて欲しいという思いが最後に残って嫌な気持ちにもなりました。でも最愛の息子を亡くした、義理親の気持ちもとても分かります。私が逆の立場だったら、どんなことを思いどうするのか。考えてみましたが、多分任せると思います。自分が亡くなる時は、娘達に直葬で家族だけでやってもらい、負担は掛けたくないと思っています。
スタジオ選びで後悔しないために知っておきたい
私の母は、私が幼い頃に、長い闘病の末、天国へと旅立ちました。物心ついた頃には、母の記憶はおぼろげで、私が知る母の姿は、父が大切にしているアルバムの中にしかありません。写真の中の母は、いつも優しく微笑んでいて、その笑顔を見るたびに、私は「一度でいいから、会って話してみたかったな」という、叶わぬ想いを募らせてきました。そして、私が結婚を決めた時、その想いは、これまで以上に強く、切実なものになりました。「お母さんに、ウェディングドレス姿を見せたかった。そして、彼を紹介したかった」。その気持ちは、フォトウェディングという形で結婚の記念を残すと決めた後も、私の心の中で、ずっと消えることのない、小さな灯りのように揺らめいていました。 そんな私の心の内を、夫となる彼は、誰よりも深く理解してくれていました。撮影の打ち合わせをしていたある日、彼がプランナーさんに、一つの提案をしてくれたのです。「彼女のお母さんの写真と一緒に、撮影をすることはできますか?」。その思いがけない一言に、私はハッとしました。そして、プランナーさんは、少しも驚くことなく、「もちろんです。素敵ですね。お母様も、きっと喜ばれますよ」と、温かく微笑んでくれました。その瞬間、私たちのフォトウェディングは、単なる二人の記念撮影ではなく、天国の母へと想いを届けるための、神聖な儀式へと、その意味合いを変えたのです。 撮影当日、私がスタジオに持参したのは、一枚の色褪せた写真でした。それは、母が、父との結婚式で撮影した、一番のお気に入りの一枚。若き日の母が、はにかむような、最高の笑顔で写っているウェディングフォトです。私は、その写真を、今日の日のために新調した、美しいフォトフレームに入れました。ヘアメイクを終え、ウェディングドレスに身を包んだ私は、まず、その母の写真と二人きりで、カメラの前に立ちました。まるで、すぐ隣に母がいてくれるかのように、そっとフォトフレームを胸に抱きしめる。カメラマンさんは、多くを語らず、ただ、静かに、その光景をフィルムに収めていきます。不思議と、涙は出ませんでした。それよりも、ずっと心の中で願い続けてきた夢が、今、現実になっているという、温かい幸福感で、胸がいっぱいでした。 その後、夫も隣に並び、三人での撮影が始まりました。「お母さん、この人が、私の選んだ人だよ。優しくて、頼りになって、世界で一番、私のことを分かってくれる人なんだ」。心の中で、母に語りかける。すると、まるで、写真の中の母が、「良かったね。幸せになるんだよ」と、微笑み返してくれているような気がしました。フォトフレームを、夫と二人でそっと持ち、カメラに向かって微笑む。それは、過去と、現在と、未来が、一枚の写真の中で、確かに繋がった瞬間でした。 撮影の合間には、スタジオに駆けつけてくれた父が、その写真を見ながら、母との思い出をたくさん話してくれました。プロポーズの言葉、結婚式の日のエピソード、そして、私が生まれた日のこと。父の口から語られる母の姿は、私が知らなかった、生き生きとした魅力に溢れていました。父にとっても、この日は、亡き妻との思い出を、娘夫婦へと語り継ぐ、大切な時間となったのです。そして、撮影の最後には、父もフレームに入り、家族四人での写真を撮りました。父が、母の写真を大切そうに抱きかかえ、その隣で、私たちが寄り添う。そこには、目には見えないけれど、確かに存在する、家族の強い絆が、写し出されていました。 私たちのフォトウェディングは、少しだけ、他の人とは違うかもしれません。でも、これ以上に、愛と感謝に満ちた一日を、私は知りません。天国の母は、きっと、一番近くで、私たちの晴れ姿を、誰よりも喜んで見ていてくれたと、信じています。アルバムに収められた、母と共にあるウェディングフォトは、これから先、私たちが夫婦として歩んでいく上で、何よりの、そして最強のお守りとなるでしょう。そして、写真の中の優しい笑顔は、私が母親になった時、どんな困難に直面しても、強く、そして優しくあるための、道標となってくれるはずです。お母さん、本当にありがとう。私たちは、世界で一番、幸せになります。